AGRICO日記

2004年4月25日(日) 雪のち晴れ時々雨、のち雨
別れの季節
朝起きたら、庭も畑も一面雪に覆われていた。
もう4月も下旬、この時期にこれだけの雪が積もることは珍しい。なんてまあこのところ異常気象続きなことか。雪は朝の8時頃まで降り続いた。

ヤマトが帰ってこなくなってからもう1週間ほど経つ。
我が家で最初に生まれた猫たちのひとり。ミーコとクマの子供で全身黒くふさふさした毛をしている。今いる子猫たち(とはいってももう生後1年経っているけれど)の父親。甘えん坊将軍の異名を持っている。それがもう2歳。一番の働き盛りだ。
ちょうど去年の今頃、我が家からホルスが出て行ってしまった。続けてムサシも、クレオも、当時のオス猫はヤマトを残してみんな出て行ってしまった。
悲しくやるせない気持ちだった。うち消息がわかったのはホルスひとり、ここから山を越え4kmほど離れた集落で親切な家で時々餌をもらいながら野良猫をしている。
一度は連れ帰ったけれど、結局引き止めることはできなかった。私が今まで一番に愛した猫、ホルスは自分の家と家族を手放してもしたいことを見つけて今もどこかで精一杯生きている。そんな彼を私はいつまでもいつまでも応援し、いつか彼が帰る日を待ち続けている。
そしてヤマトは出て行ったオス猫たちみんなの代表のような立場であれから1年間ここにいてくれた。この1年間彼が我が家にいてくれて本当に嬉しかった。まるで私のためにひとり残ってくれたかのようだった。
そして今ヤマトは行ってしまうかもしれない。

春のなごり雪はいつしか雨に変わって、遠くから春雷の音が聞こえてきた。
ヤマト。怖そうな顔だけど、実は甘えん坊将軍。
甘えん坊将軍、ヤマト。


2004年4月20日(火) 曇り時々ぱらぱら雨
春てんこもり!
身体中あちこち痛くて、朝起きるのが辛かった。けれどうちには猫や犬、鶏たちが朝ご飯を待っている。猫家の大切な家族たちだ。
昨日から降り続いた雨が見事に地表を濡らしている。久しぶりの雨だ。草々も木々も、全員で喜んでいるみたいだ。
今日はオフ。絶対に休み。例え昼間から晴れたって、働かない!
固い決意を胸に、畑に出ると菜の花が一面綺麗に咲き始めていた。
毎年秋に、収穫を終えて開いた畝にアブラナ科の種を播いている。アブラナ科とは、小松菜、チンゲンサイ、野沢菜、タアサイ等、いわゆる「葉っぱモノ」の総称で、自家採取した種を残さず畑に播いてしまう。
すると、晩秋から冬にかけては若葉が食べられるし、春のこの時期に一斉にトウが立ってくるから、蕾や花が収穫できる。
畝伝いに小さな蕾や花をポツポツと摘んで歩き、ボール一杯の菜の花とキャベツを畑から持ち帰った。
それをジャガイモや大根と一緒に大鍋で煮る。まさに「春真っ盛り鍋」である。
ついでに道端からアサツキとカンゾウも採ってきた。
アサツキは洗って球根になった部分を取り集める。酢味噌を漬けて食べると酒の肴に最高だ。葉の部分は葱替わりにカンゾウと一緒に鍋に入れる。
こんな春のご馳走を、今は農家でも作る家庭が少なくなっている。理由は明らか。手間がかかる、ということだ。
みんなお金を稼ぐのに精一杯で、春の大ご馳走を作る余裕もなくなって来たのだろうか。
我が家はこの近在でも一番くらいに貧乏だとは思うが、もしかして実はとても豊かなのかもしれない。

2004年4月19日(月) 晴れのち雨
春の慈雨
もうひと月近くも、雨らしい雨が降っていない。
来る日も来る日も絶好の農作業日和だ。お陰で仕事は捗るけれども、もう体がついていかない。コタツの電気は消し忘れる。台所に立ってさて、何をしようとしていたのか忘れている。夕飯を食べ終わってちょっと横になると、気がついたときにはコタツで寝たまま朝になっていたりする。
典型的な過労の症状である。
これは休まないといけない、とは思うのだけれど、ところが春はいくら時間があっても足りないくらいすることが山ほどある季節だ。もう少し、もう少し、雨が降ったら休めるから、ともうどれくらい働き続けたのだろう。
今日も昼時にちょっと一休みと思って横になったと思ったら、気がついたら1時間あまり気を失ったように眠っていた。嫌がる体を無理に引き剥がすようにして、起きて畑に出る。天気予報では夕方から雨。今日はいよいよ春一番の作付け、ジャガイモの種植えだ。
黒イモ、赤イモ、普通のイモと、3種類の種芋を植え付ける。これがこの冬の我が家の大切な食糧になる。米に次ぐ主食だ。冬になるとうちでは猫も犬も鶏も、みんなジャガイモを食べる。
やった、とうとう終わった。残りのイモの芽欠きをしていたら、空からポツリ、ポツリと雫が落ちてきた。
ありがとう。絶好のタイミングで種蒔きができた。今日まで頑張った甲斐があった。あぁ、これでやっと憩める。
自分に100点満点をつけて、家路についた。


2004年4月17日(土) 晴れ
天寿
朝、風もなく暖かい。本格的な春の訪れを肌身に感じながらいつものように鶏小屋の扉を開けた。すると待ってましたと言わんばかりに、母鶏が羽を膨らませて扉に近づいて来る。小屋から出たいのだ。卵を抱き始めた時から数えると、もうひと月ばかり外に出ていない。その足元に7羽のひよこたちが纏わりついている。「まだ出すわけにはいかないんだ。ひよこたちのそばにいてやってくれよ。」
他の大人の鶏たちは外に出してやった。さっき畑から採ってきたばかりの葉っぱを与えると、母鶏もひよこたちも一生懸命にそれをついばむ。見れば見るほど可愛く思えてくる。
鶏小屋の後ろに回って、餌箱に新しい玄米と魚粉を足してやる。数日前からは米糠も混ぜてやるようにした。こうして少しずつ、大人の餌に近づけていく。
さて扉を閉めようと鶏小屋の正面に回ると、下の地面にヒヨコが1羽はねていた。
「なんだ、落ちてしまったのか。しょうがないな。」屈んでひよこを押さえようとする。ところがそれがなかなか捕まらない。鶏小屋は高床式に作ってあるので、捕まえようとするとすぐに床の下に潜ってしまう。ピヨピヨピヨ・・・ピヨピヨピヨ・・・
あっちに回り、こっちに逃げ、暫く追いかけっこを続けたけれどどうにもやりようがない。困ったな。ひよこの鳴き声を聞きつけて母鶏は自分も小屋から出ようとするけれど、そうしたら今度は他のひよこたちも後を追って出てしまうので、ちょっと出すわけにはいかない。
さて、どうしようか。
思案している間に、突然眼の隅から黒い影が飛んで来て、鶏小屋の下に潜り込むなり、次の瞬間には再び矢のように走り去った。
「コマリンか?」
走り去る姿は、我が家の8匹いる猫の1匹、母ネコのコマリンのようだ。もしかして、と小屋の下を覗いてみると、さっきまで騒がしかったひよこの姿が見えない!
「こら!コマリン。」
急いで小屋の扉を閉め、後を追いかける。家の裏は杉林。その向こうは雑木山。笹薮を抜け、倒木を踏み越えて、どこまでも追って行く。林の中に甲高いひよこの鳴き声ばかりが響き渡る。
「コマリン!駄目だ!帰って来い。」
幼子の鳴き声というのは、それが人間の子供であろうと、ひよこであろうと、遠くまでとてもよく響くものだ。甲高いその声が山の中で唯一の追って行く手がかりとなった。
溜池を越え、藪を突き抜けて、随分奥に分け入った。次第しだいにひよこの鳴き声が低くなって来る。
「コマリン!帰って来い。ひよこを返せ!」
そうしてだいぶ奥まで来たときに、笹に囲まれた一叢の藪の中にコマリンを見つけた。ひよこは咥えていないようだった。
「コマリン。ひよこはどうした?こっちに返すんだ。」
コマリンは落ちつきなく動き回りながら、藪の中をちょこまかと移動している。何度も、ある場所に顔を出しては私の顔を見て不安そうにニャアと鳴く。
私は思い切って笹を掻き分けて屈んで藪に入った。コマリンは素早くどこかに逃げていない。ひよこも見当たらない。けれどもしかしてと思い、コマリンが何度も顔を覗かせていた場所の枯れ草を掻き分けてみた。
いた!
ひよこはまだ生きている!
コマリン、ありがとう。私はひよこを握って元の道を急ぎ帰った。

鶏小屋の床の上で、ひよこは歩けないようだった。羽ばたきもできない。ただ力なくピイ、ピイ、と鳴くだけだった。
母鶏もひよこを前にして冷たいように見えた。たちまちひよこは突かれ、蹴飛ばされて、小屋の隅に押しやられた。
私はひよこの口を水に湿し、餌を傍に撒いてやリ、扉を閉めた。
そして力が抜けたみたいに鶏小屋の前に屈みこみ、暫くじっと地面を見ていた。死んでしまうだろうか。もしそうだとしても、母親の傍で死ねる。そんなことばかり考えていた。
その日は一日、気が滅入っていた。

夕方、ひよこは冷たく、硬くなっていた。生まれてから僅か11日の命だった。
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