タインの見た夏の雪・2 |
チラチラと雪の降る林の中で |
ううぅ・・・・・・寒い。 もうどれくらい経つだろう。 ボクら5人はとうに泣き疲れていた。 母さんはどこからも現れない。 もちろんボクらは必死で叫んだよ。 今まであれほど頑張ったことは、後にも先にもなかったさ。 でもいくら呼んでも、深い林の中にボクらの声は吸い込まれてi行くばかり。 母さんばかりかボクらをつれて来た人も、どこに行ったのかあれ切り姿を見せなかった。 泣き疲れたボクらがお腹がペコペコなのに気づくのにも、そんなに時間はかからなかった。 ダンボール箱の中には、何も無い。 前にボクらの寝床に敷いてあった古い毛布が、床に一枚敷かれてあるだけだった。 それでもこの時まだボクらは、自分たちの置かれた悲劇的な状況を完全に理解していたとは言えない。 頭の片隅ではまだ、そのうち母さんが現れて、いつものあの優しい鼻を押しつけて、温かい舌でボクらを温め回してくれることをしっかりと信じていた。 だって、そうしか考えられなかった。 それ以外のことなんて、怖すぎてなにも想像できなかった。 雪がチラチラと降り出し、梢の間を抜けてボクらの周りに降り積もって行く。 林の中は次第に暗くなる。 寒さは募るばかり。みんな箱に入って身を寄せ合うより他に何もできない。 それでも時々思い出してはか細い声で母さんを呼ぶ。 でもそのうちにどうにも力が入らなくなって、声を出すこともできなくなった。 「みんな、ダメだよ。もっとしっかり母さんを呼ばなきゃ。」 一番上のニイちゃんが言った。 でもそのニイちゃんだって、もうげっそりとしている。 大声を張り上げる元気なんて、どこにあるんだ。 夜が更けてあたりはますます寒くなる。 ここには温かなコタツがないことを改めて思い知った。 ボクらに残されたのは、お互いの体の温もりしかない。 ただでさえ小さい箱に折り重なって、長い長いその晩を過ごした。 降る雪は林の中に微かな音を立てる。 サア−−−−−−−−・・・と それはまるで目に見えない糸のよう。 翌朝も、その翌朝も母さんは来なかった。 ボクらはもう泣くこともできなかった。お腹はもう空腹さえも感じない。手足には力がない。 かすれ切った声でボクは言った。 「もう母さんは来ないよ。ここから出て、捜しに行こう。」 一番上のニイちゃんが言った。 「でも、母さんは来るかもしれない。」 二番目のニイちゃんが、死にそうな声で言った。 「今まで必ず来てくれた。」 三番目のニイちゃんが言った。 「ミカちゃんだって、来てくれるかもしれない。」 もう一度一番上のニイちゃんが言った。 「行くったって、どこに行けばいいんだ。」 そしてネエちゃんが言った。 「私はもう、動けない。」 ボクはやっとの思いで箱から這い出し、ひとりで林の中を歩き始めた。 こっちの方に少し行くと、林が細長く切れて道のようになっているところがある。 楽に歩けるのはそこだけだ。多分それをどっちかに行けば、どこかに辿り着くような気がする。 寒い。冷気が体の芯を直撃する。 後ろを振り返ると、三番目のニイちゃんも後をついて来ていた。 ヨタヨタと頼りない歩き方。 道に出て、何となく、そう、何となくこちらに行こう、と思った。 考える余裕なんてなかったよ。ただ足がそちらに向いただけさ。 もしかしたらそれが、運命の分かれ道だったのかもしれない。 トボトボ、トボトボ、ボクは歩き続けた。 少し行った所で、三番目のニイちゃんがずっと後ろからボクに言った。 「もう歩けない。戻ろう。みんなのところへ。」 その声は消えそうになりながらも、かろうじてボクの元に届いた。 ボクは何も答えず、振り返りもしなかった。そして歩くのを止めなかった。一度立ち止まったら、もう二度と歩き出せないような気がしたんだ。心はきっと能面のようになっていたのかもしれない。もしあの時振り返っていれば、せめてニイちゃんの顔を心に刻み付けれただろうに・・・。 それがニイちゃんたちの声を聞いた、最期になった。 山道には雪が積もっていたけれど、幸いどうしても歩けないほどじゃない。両側の林に挟まれていたお蔭だろう。それでも子供のボクにとってはやはり辛い道だった。足の半分は雪に埋もれる。一足ごとに体力は消耗して行く。 どれほど歩き続けただろう。 既に時間の感覚がなかった。 もうとっくの昔に疲れ切っていた・・・実際何度立ち止まろうとしたかわからない。 もうボクには自分の足元を見ることしかできなかったし、次の一歩を進めることだけに鬼のように、いや、腑抜けのようにと言ったらいいか、集中していた。 やがて限界が来た。 ボクは疲れ果てて、雪の中に蹲ってしまった・・・いや、本当に蹲るところだった。 そう、あの時思いがけず、木の間から大きなトラ猫が現れなければ・・・ |
3.へ | ![]() トップへ |