第6夜
 霊感の鋭い彼女が翌朝話したことによると、その晩次のようなことが起こったそうだ。
 夜も更けた頃、67番は私たちの宿舎に来た。
 夜中の2時頃だったそうだ。突然5頭ばかりの牛が部屋の中にボッと現れた。幽霊なのだろうからみんなこの世界に何かしらの執着か何かを持っているのかもしれないが、早回しにそんなことを考えるのは人間の勇み足なのかもしれない。その時5頭の牛たちはみんな穏やかな目をしていたという。
 それから67番が現れ、彼は(彼女は、と言った方がいいかもしれない。牧場で育成している牛はみんな雌なのだから。)スタスタと彼女の部屋を通り過ぎ、壁越しに隣りにいる私の部屋に入って行った。そして寝ている私の布団の上に立って、ペロペロ、ペロペロ、私の顔を舐めていたという。
 不思議なことにちょうどその時分、私は寝てはいなかった。目を瞑ってはいたが頭には死んだ67番の顔がいつまでも繰り返し繰り返し現れ、どうしても寝つけないでいたのだった。
 だからもしその時私が目を開けたとしたら、もしかして67番の顔が眼の前に見えたのかもしれない。でも、霊感のない私には見えなかったのかもしれないし...。いずれにせよ今まで私は霊とはあまり縁がなく生きてきたし、この時目を開けなかったこと自体が縁のなさそのものなのかもしれない。

 その晩彼女はロサリオ(カトリックで用いる祈りの言葉)を唱えて、死んだ67番のために祈ってくれたそうだ。

       

 その日を最後にして、67番は二度と私たちの前には姿を見せなかった。

 これはずっと後で思ったことだけれど、この牧場と宿舎の周りにいるたくさんの目に見えない牛たちの中で、一等最初にあの世への遠い道のりを喜び勇んで駈けて行ったのが、67番なんだと思う。
 どこまでも長く続く緑の牧柵に沿って、まるで翔ぶように、遠い空の彼方に駈けて行ってしまった。
 この世に生まれて、短い生を生き、そしてまさしく私たちのため、他のたくさんの牛たちのために死んでいった67番のことを思うと、今でもやるせない気分になる。
(続く)


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