第3夜

 その晩、膝まで埋まる雪を踏みしめて、ひとりの男が歩いてきた。帽子をかぶり、肩からあめ色のカッパをはおり、足に丈高い長靴を履いている。遠く雪道の中をズボリ、ズボリ。牧場に入りちょうど私たちの宿舎の前に来て立ち止まった。
 
 彼女には時々、普通の人には見えないものが見えるそうだ。いわゆる”霊感が強い”というものなのだろうか。後ほど話を聞いてみると、幽霊や妖怪の類が時々前触れもなしに眼に前に現れるという。その多くは夜寝ている時なそうだけれど、稀には静かな昼間に出てくるときもあるという。そしてその晩がそうだった。夜中の2時半頃だったと言う。何かの予感がして目がさめていた彼女には、部屋の壁越しに鍵のかかった玄関を透き通してその男の人の姿を感じることができた。
 
 そして次の瞬間、さっきまで外の雪の中にいたはずの人は今、瞬く間に彼女の寝ている部屋の中にいた。そして静かに畳の上を歩き、布団の足元に来てから背を屈めて、両手で彼女の足首をそっとつかんだ。
 
 その時彼女は確かに目がさめていたという。いままでも何度か幽霊に足をつかまれたことはあったけれど、何度同じ経験をしてもやはり怖かったそうだ。けれども体を動かそうとしたが動かない。頭の中でイヤだと大声で叫んだ。その瞬間、まるで広い天井一面に足元から電燈が灯るようにパアッ..と輝きが広がり....そしてもう一度彼女がイヤだと叫んだとき、その人は、静かに足を離していなくなってしまった。
                               (続く)
 

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