第一夜
 私が働いていた牧場はホルスタインの育成を行う、この周辺では規模の大きな牧場で知られていた。近在の契約農家から小牛を預かり一人前の親牛になるまで育成する。来たときは生まれて間もない可愛い小牛が、出て行くときには重量感溢れる巨大な家畜となっている。人工授精を施されて子供を孕み、あと少しで出産・搾乳が始まるという段階で牛たちは各自が生まれた牧場に再び引き取られていく。つまり、乳用牛が一人前になるまで育成管理するのがこの牧場の役目である。
 牧場での私の仕事は牛の育成管理に関する作業全般。朝は8時過ぎから夜の見回りまで、牧場内の宿舎に寝泊りしながらの仕事だった。同僚の中には早出(朝早く出勤する)の人もいて、みんながまだ寝静まっている頃、夜が明ける前にまず朝一番の餌やりが始まる。
 まだ夜空に星が降っている頃、牛たちが餌を食べるために鳴らすスタンチョン(餌場に首を出せるようにしつらえた鉄柵)の賑やかな音で牧場の一日は始まる。牛たちは24時間餌を切らさないように管理され、一日中ただモリモリと食べ太る。
 牛たちもまたよく食べる。これでもかと餌をやったつもりでも、見る間に無くなっていく。毎日全部で240頭余りの牛たちに餌をやり、かつその糞を牛舎の外に出すのは容易ではない。ここに来たときにはかわいいバンビのようだった子牛が、ここを出るときには体重が500kgほどの堂々たる親牛に育っている。わずか1年半ほどの間で。牛の成長は人間よりもとても早く、またその反面寿命も短い。
 私は馬の黒目がちな瞳も好きだが、子牛のあどけない瞳も大好きだ。中にはすがめの者や目つきの悪いのもいるにはいるが、総じて牛たちはみんなとてもきれいな目をしている。子牛の頃から可愛がられ大切にされた牛は、人を見るときれいな瞳でのそのそと寄ってくる。そして鼻や頭を差し出し、擦り寄って甘える。
 アルゼンティンという遥か遠くの国からまさしく運命の牛と出会い関わるべく、その牧場に彼女がきたのは、1月の17日、1年で1番くらいに寒いかと思うほどの吹雪の夜だった。
 彼女はその夜飛行機から電車を乗り継いで一気にここ岩手までやってきた。新幹線の駅に彼女を迎えた私の彼女に対する印象といえば、正直言って、外見も性格もどこか牛に似たような感じの人だということだった。
(続く)

第2夜へ

前のページに戻る