↑ 大東亜戦争(アジヤ・太平洋戦争)中、岩手縣水澤町(推定。現・岩手県奥州市内)のある出征家族の風景
出征するご主人と其の一家。お子さんは日の丸の小旗を持っています。お爺さんは服装から小遣いさんでしょうか?
ご主人は借り物でしょうか?立派な将校用の軍服に身を固め、上等の戦闘帽をかぶっています。
胸には勳八等、満州事変従軍記章、赤十字章、在郷軍人記章が輝き、襟には上等兵の階級章も。でも急な応集であわてたのでしょうか?
階級章がさかさまに取り付けられています。急な出征に慌ただしい時間が過ぎたのでしょう。緊張と云うか覚悟の表情が痛々しい一家。
この御主人は戦地から無事に帰還されたのでしょうか?あるいはこのお子さんは今御存命なら何を思うのでしょう?
最も戦時中を象徴するこの写真は、某リサイクルショップの方から頂いたものです。
入手時の状況は、埃と汚れにまみれ、見るも無残なガラスの割れた額に納められていました。
あまりのひどさに一瞬ためらいはしましたが、「あなたがいらなければ捨てるけです」という一言で、
私は額ごと大事に新聞紙に包んで持ち帰り、写真を傷めない程度にクリーニングしたものです。
多くの戦時資料が、今、このような処分や放棄寸前の現状に在ります。
このHPをご覧の方は、既に当館に収納されている数々の軍装品を見られたかもしれません。
これ等の品々は様々な状態で集まってきたものですが、最初から綺麗なものはごくごく少数です。
では、大多数の戦時中の品々はどんな状況にあるのでしょう??
私が知る限り下記の状態です。
①ご家族の遺品や持ち物で大事にしていたが、当館に寄付した。
②骨董屋に古道具を売る際に、混ざったものが巡り巡ってきた。
③家族の誰もが無関心で、家を取り壊す時や処分をしたときに出た。
①は大変ありがたいことです。②も粗末にされるよりましでしょう。
しかし、一番考えられる事態は
③の家族の誰もが無関心でごみと一緒に捨てた
という事実です。
古いと云うだけで万物に骨董的価値が生まれるわけではありませんし、
まして、歴史の遺産と云う考えが、どの程度まで広いものかは人それぞれです。
つい最近まで、戦時中の資料は「悪しき時代のもの」あるいは「戦争で使われた忌み嫌うもの」という認識で扱われてきたようです。このため、体系だった研究も少なく、
昨今の映画やドラマを見ても江戸時代以上に考証不足で滑稽な映像が氾濫しています。
また、本物は人目に触れる機会も少ないため、残念ながら多くの人がその実像を理解していません。
しかし、1945年の終戦から既に70年近くが経過し、我が国の歴史として
戦時資料は重要な歴史の断片です。
できれば、ご家庭に在る写真1枚、ゲートル1巻きで構いません。
軍隊手帖や従軍記章、愛国婦人会の襷、代用製品や戦時債権など
歴史のあるご家庭には何かあるはずです!
ぜひ、ご子孫の為に、「戦争中の人たちは一生懸命頑張った」という
証拠の品を大切にしてください。そして、家族の間で、語り継いでください。
私たち研究者でもわからない家族のドラマもあるはずです!
どうかお願いですから、ご家庭の物はご家庭で大切にしてください。
それでもなお、諸事情でどうしようもない場合がございましたら、
処分する前にどうぞ当館までご寄贈ください
部品や壊れたものでもかまいません。
宜しければ部品として展示物の充実と、戦時中の歴史を後世へ伝える展示活動に利用いたします。
また、それらしいものだが、判別がつかない場合も、ぜひ、ご照会ください。
展示品は可能な限りクリーニングとメンテナンスを施し大切に保管展示いたします。
当館からのお願いでした。
ご連絡はこちらまで
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