戦時下の団体①

愛國婦人會
あいこくふじんかい

~兵隊さんは命がけ!私たちは襷がけ!~


愛国婦人会とは?

 愛国婦人会は、近代における日本で最初の全国的規模の婦人団体であった。日本国内にとどまらず、朝鮮・台湾・樺太・満州・南洋諸島など日本の植民地のみならず、サンフランシスコ・ハワイ・バンクーバーなどにも地方本部や支部を広げていた。また愛国婦人会は、20世紀の初年1901(明治34)年に創設され40年以上にわたって存在した婦人団体であり、最盛期には700万人以上の会員を持つ、世界的に見ても大きな婦人団体であった。
 また、「国防婦人会」との対比され、ご立派な「愛国婦人会」、庶民的な「国防婦人会」などと述べられる場合も多いが、地方によっては並立している場合もあったので必ずしも対称的な団体ではない。また、設立当初はともかく、満州事変以降の戦時体制下に於いては銀色の会員章と襷がけの姿で銃後の守りの為、街頭活動を繰り広げている。
(未完)

資料1 愛国婦人会水沢支部「銃後の日本大丈夫 皇軍慰問絵葉書」(現・岩手県奥州市水沢区)

恐らく支那事変での慰問絵葉書であろう


絵葉書の袋 名前を書いて慰問袋に入れたのであろうか? 

  
絵葉書の図柄は全国共通のようである

 

愛国婦人会=農業 ではない。これは地方向けのハガキである。
 
 
毛布献納運動のPRを兼ねている。有名な標語「兵隊さんは命がけ 私たちは襷がけ」
愛国婦人会水沢町分会 のスタンプが戦時下の郷土資料としての価値を高めている。


2009年/2669年?平和ミュージアム旧日本陸海軍博物館

無断転載厳禁