我が家への遠い道のり
 私は41歳の独身男性。岩手県下北上山系の麓にある小さな集落で2年前から百姓をしています。以前は東京でサラリーマンをしていたこともありますが、農業を中心にした生活をしたいと思い、一念発起して脱サラをしました。そのときから今に至るまでの私の体験談を、これから少しずつお話したいと思います。(もしあまりおもしろくなくて、今後編集の段階でボツになってしまったらごめんなさい。)
 田舎暮らしを始めるにあたって、ほとんどの人が直面する当面の問題は、定住先である自分の家を見つけることです。私も脱サラ後北海道に渡り農業実習を始めましたが、そこでさっそく空家捜し。手持ちの資金もあまりないし、なにより農業を始めるに何かと利便性が良い中古の農家物件を捜しました。以来あちこちを転々と引っ越すたびごとに家捜しをしてきて、結局かれこれ20軒近くの家を見たのではないかと思います。
 もちろんその間何社もの田舎物件を扱う不動産屋とも接触しました。私の個人的な経験上、農協や不動産業者というのには、総じてどうも良い印象を受けることがありません。具体的な物件をお世話してはくれるのですが、なぜか法外に高額だったり、何かしたごころがあってそのカモにしようとしたり...。それに対して、自治体や仕事を通して知り合った方々の方が、不動産の売買が自分の利益に結びついてない部分もあるからでしょうか、人によって当たり外れはあるにせよずっと親身であり、実のある情報をくれたと思います。これから自分の足で家や土地を捜そうという人には、まずそういう業者以外の方々との関係を重視することをお勧めします。その経験と蓄積はまた、実際田舎に移住してからもとても役に立つものだと思います。
 またある町に住んでいたときなどは、どうしてもその町に住みたくて、住宅地図に記載されている空家を1件1件、しらみつぶしに歩いたりもしたものでした。それも今思えば徒労に終わったとはいえ、よい経験だったと思います。物件を見る目と足を鍛えるのには役に立ちました。
 どんなに努力したとしても、縁がないときには目的のものに巡り会うことができないものですね。いや、それは一概に縁がないこととは言えません。今振り返ると、その時は運がないように見えたけれど、そのプロセスは目的のものに辿り着く前にしておくべきさまざまなことと出会うために必要だったのであり、また遠くで待っていた理想の物件に巡り会う道のりだったのだと思います。確かに当時焦ってはいたけれど、我が家を決めるのに急がないで結果的に良かったのだと思います。
 そうこうするうち、流れ流れて岩手県のさる町でアパート暮らしをしながら田植のアルバイトをしていたときでした。とうとう今住んでいるこの家と巡り会ったのです。不思議なもので、運命的な縁をつないでくれたのは、当時もうこの線は期待薄だと半ば諦めかけていた不動産屋ルート。(私にとってあまり好きではない業界ではありますが、その不動産屋さんは珍しく良心的な方であり、その後もなにかとお世話になって、今でも親しくさせていただいています。)
 その後もすったもんだの末ようやく辿り着いた引越は、ここ岩手ではすでに秋の気配の漂う9月末日。東京を離れるときは気楽な一人身だった私も、その頃には友人ひとり、猫2匹、加えて農機具、足場パイプや炭カル等など、生活のために取り揃えて来た大道具小道具多数の大世帯となっていて、当日は慌しいながらも忘れることの出来ない一日でした。そしてそれは私が脱サラしてから4年半、実に6度目の引越だったのです。

戻る