ロッキーの秘密基地



ボクの名はロッキー。向こうに見える板張りの小さな家がボクのうちだ。みんなはあの家を「猫家」と呼んでいるけれど、確かに猫はたくさんいる。ボクの兄貴も、妹も、父ちゃんも母ちゃんも、それとバアちゃんも、みんな一緒に住んでいる。中には山に捨てられて迷い込んで来た猫もいるけど、ボクらはみんな、家族なんだ。
何しろ猫だけで7匹もいるものだから、ご飯時などは大変だ。そろそろ時間かな、と思う頃に、みんなどこからか集まってきて、家主にご飯を催促する。黙っていても時間になれば必ず食べれるのだけど、なにしろみんなおなかがペコペコなものだから、じっとしてはいられない。

ニャアニャアニャアニャア・・・

それはそれは、一時的に猫の合唱団ができたみたいだ。もし家主が忙しかったり、寝坊したりしてご飯が遅れようものならば、みんなのどがからからになってしまう。
朝と夕方のご飯時だけはみんな一緒にいるけれど、それ以外の時は各自思い思いの所に散らばっている。隣近所にネズミを獲りに行くもの(何しろ猫の数が多いものだから、家の近くのネズミもとうにいなくなってしまった。)、山の中を散策するもの、畑や野原で日向ぼっこするものなど、さまざまだ。

ここでみんなにだけは、こっそりと教えよう。
実はボクはみんなに内緒の秘密基地を持っているんだ。他のみんながネズミやモグラを探し回ってる頃に、ボクはひとりだけその秘密基地に行く。うちからちょっと離れたところに広い野原があって、その片隅になぜかそこだけ土がこんもりとして小山になっているところがあるんだ。
そう、それがここなんだよ。

夜明けのときの空の動きはとてもダイナミックだ。
杉の梢の隙間から赤や白の薄明かりが広がってきて、風に押された雲の動きにつれて、それがやがて、ジワジワと空一面を染め尽くす。その様子がここからは実によく見えるんだ。なにしろ見晴らしのよい原っぱの中だから、何でもよく見える。朝日の昇る杉木立も、夕日を映す溜め池も、猫家と同じような家が点々と見えるこの界隈も、この山の上に坐っていれば何でもよく見える。例え野良犬が近づいて来たとしても、あたり一面の枯れ草がカサカサなる音ですぐに気づくことができる。
またいいことに向こうに猫家も見えるから、何かと便利でもある。ついつい朝の空に見とれて時間を忘れてしまっても、家主がご飯時にボクらを呼ぶ声が、風を伝ってここまで聞こえるんだ。そうするとボクは、一直線にうちに向かって走っていく。

ボクはこの秘密基地が大好きだ。
朝も、昼も、ときどきここに来ては基地の手入れをしたりしている。坐り心地がいいようにゴロゴロと草を押し潰したり、宝物を隠したり、天気がいい時なんか、枯れ草の上に寝転んでぽかぽかの時を過ごしたりもする。それから今は春先だから、近くにはネズミやモグラの穴がたくさん開いている。ご飯が足りなかったりするときには、根気よく捜していれば、その穴のどれかからネズミが一匹くらい獲れたりもするんだよ。

ところが最近、ボクの秘密基地の近くで大きな機械が音を立てるようになった。
長い手のような棒を伸ばして、土をすくい取ってはダンプに積んでいる。人間のすることは、あまり良くわからない。ボクらにとっては大切なことには見えないことでも、人間たちはシャカリキになってやったりしている。静かで穏やかな春の陽だまりだった秘密基地の周りも、この頃急に騒がしくなって来た。
土を掘る機械は始めは基地からずっと離れていたんだけれど、縦に長く並んだ土の盛り上がりを掘り進むうちにだんだんとボクの秘密基地に近づいてきた。その機械が通った跡は、すっかり山がなくなっていて、あたりと同じような広いのっぺらとした野原になってしまっている。

今日も機械は動いている。また今日も動いている。
そしてとうとう、ボクの秘密基地のすぐそばまで来た。なんだかマズイ。このままだと、もうすぐ基地が壊されてしまいそうだ。あの機械を動かしている人をボクは知っている。間違うはずもないよ。ボクらの家の家主だ。あの機械だって、ボクの家の前に停まっているのを見たことがある。
あぁっ、もうすぐそこまで来てしまった。大変だ。なんとかしなくちゃ。




ダンプを機械の脇に付けて、バックホーのエンジンをかける。残りの土もあとわずかなので、もう少しでこの仕事も終わりそうだ。日暮れまでには、どうにかなるかもしれない。さあ、急いでやってしまおう。
ブームを伸ばして今まさに残りの山を崩そうとしたら、土山の上にロッキーの姿が見えた。

ロッキー、こんなところにいちゃ、危ないじゃないか。
機械のエンジンを停めて近づくと、ロッキーは目を丸くして、落ち着かなげにせわしく動き回っている。
どうしたんだ。いつもなら機械でも車でも、エンジンをかけるとパッと遠くに逃げる猫たちなのに、まさにこれから崩そうとしている山の上にいるなんて。
どうしてこんなところにいるんだろう。
ロッキーを抱き上げて撫でてやると、ひと時気持ち良さそうにしていたが、すぐに降りたがった。足元に降りて、うにゃあ〜と鳴きながら足に絡まるように歩き回る。
ロッキー、甘えたいんだろうか。後からかわいがってあげるから。
今はオレもちょっとやることがあってなぁ。もうすぐ日暮れだから、それまでにここの土運びを終わらせてしまいたいんだ。予報だと今晩から雨になるそうだから。
ほら、あっちに行ってナ。
ロッキーを土山から離れたところに抱えて行って、頭を撫でてやり、ここにいろよ、と言いきかせる。ところが戻りかけると、ロッキーはすばやく私の足元に駆け寄ってくる。一歩歩いては踏み出したその足にまた纏わりつく。
困ったな。甘えん坊なんだから。
そういえばロッキーはよくこの近くにいるなぁ。毎朝スヌーピーと散歩してる時も、ここでしばしばロッキーに会う。ほとんどいつもひとりでいるようだ。この原っぱにはネズミ穴がたくさんあるから、面白いのかもしれない。でもまあ、それはともかくとして、今はこの仕事を終わらせないと。
さあ、ロッキー、向こうに行けって!   

ロッキーを追い立ててからバックホーに戻り、エンジンをかける。
するとロッキーは性懲りもなく、またすばやく山の上に駆け上がっては、地面に鼻をつけながらウロウロし始めた。
また戻って来た。しつこいな。
少し脅かしてやろう。
私は機械のブームを上げて、山の方にグゥッと伸ばした。するとさすがにロッキーは慌てふためいて、あっという間に山から飛び下り逃げ出した。姿を追いかけて見ると、少し離れた草むらに蹲ってまたじっとこちらを見ている。

ポツッポツッと雨が降り始めた。ウインドーに雨粒が幾筋か走る。
その時ようやっと、私はこのことの一端がわかりかけたような気がした。


もしかしてロッキー、ここはお前の大切な場所なのか?
 
  
雨雲が西風に吹かれていつの間にか空一面を覆っていた。
私はエンジンを停めて窓を閉めた。鍵を抜いてバックホーから降りる。ロッキーはまだ草むらでじっとしている。近づいて頭を撫でると目を細めて頭を垂れた。

わかったよ。ロッキー。今日は雨も降ってきたし、これで終わりにするから。
でもこの仕事はもう約束してしまったことだから、しなきゃならないんだ。今度雨がやんで、土が乾いたらまた始める。そしたらこの山は無くなってしまうぞ。
わかってくれな、ロッキー。
ありがとう。




ポツポツの雨は乾いた野原を濡らし続ける。ダンプが走り去った後も、ロッキーはひとり残って、じっと草むらに佇んでいた。
頭の上をツバメが1羽、白いおなかを見せながら滑るように飛び過ぎる。
この北国にも、ようやく春が来たようだ。




(『ロッキーの秘密基地』 完)