田舎の楽しい人間関係
 よく、田舎に移住して人間関係に苦労した体験談を読むことがあるが、たいがい笑い話みたいで話のネタとしては面白い。けれどもしそれだけを真に受けたとするならば、これから田舎生活をしようとする人に対して、いたずらに恐れや警戒心を煽るだけのようなものになってしまうと思う。実際田舎の人間関係がそんなに大変ならば、都会から田舎に移住した人はみんな孤立して恐れおののきながら生きていなければならない。でもたいていの場合事実はその逆で、人づき合いほど田舎に暮らしていて面白いものはなかったりする。
 私がこの芦沢集落に移住してかれこれ2年余りになるが、この集落は岩手県の中でも比較的昔ながらの習慣をよく保存しているところだと思う。1年を通じての共同作業はもちろんのこと、葬式の出し方や準備、祝い事や行事の内容、民俗芸能、事あるときの部落民の結束など、良きにつけ悪しきにつけ、近在の他の地域では失われてきたものが未だに多く継承されている。
 例えば元日の朝8時、部落民は全戸総出で新年祝賀会を行う。午前中は男性、午後は女性と2部構成で、終わるのは夕方である。つまり各家から男女計2名、終日部落の集会所に詰めることになる。否応なしに半日は飲み続けになるものだから、我が家は元旦に家で餅を食べたことがない。かくして部落民との親睦を深めて元旦の日は暮れる。
 そんな所だから、当然何かにつけて地域の人たちとつき合う機会が多い。しかしそのような機会を、自分のプライベートな時間を奪われて辛いととるか、部落の人たちとまた少し親しくなるチャンスと受け取るかの違いは大きい。今まで部落民が何十年もかけて互いに作ってきた信頼や人間関係を、私達はこれから彼らと培っていくのである。そして地域の人たちは、たいがい新しく来た人たちがどういう人で、自分達とどういうつき合いをしていけるのかを、興味津々として待ち構えている。
 ところで私がここに来てからのわずかの間にも、実にさまざまなトラブルが起こった。ちょっとした行き違いから腹を立てられたり、疑われたり、また難題を押しつけられたり...。そしてその度ごとに助けてくれたのは、隣のおじいさん、おばあさんたちであり、新しく知り合った地域の知人たちである。本当にありがたいと思うし、そんな経験を通じて、私達はお互いに少しずつ分かり合っていけるのだと思う。
 田舎に移り住んでどのように生きようが、各個々人の自由である。何もこのようにするべきだという、普遍的な規範はない。それぞれが自分にしか出来ない、素晴らしい世界を創っているのだと思う。そのうえで例えば、今までの自分の行き方、考え方、ものの見方をチョッと変えてみたいと思うならば、田舎に移住する時というのは自分改革のこの上もない良い機会となる。かといって理想の人間関係を作るために、何も構えて無理をする必要はない。無理は別に悪いことではないが、しなくてもいいものでもある。無理すると、どこかでその反動が出てバランスをとるものである。
 肩肘張らずに自然体で、しかも今までなんとなくわかっていたのにできなかったことをしてみる。するとそれまで予想もしなかった出会いやチャンスに巡り会い、少しずつ自分が選んだなりの道が開けてくるもののようである。田舎の新しい人間関係は、都会での想像を遥かに越えて私達の人生に思わぬ展開を与えてくれる。

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